監督・脚本:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
製作:クヴィリン・ベルク、マックス・ヴィーデマン
音楽:ガブリエル・ヤレド、ステファン・ムッシャ
出演:ウルリッヒ・ミューエ、セバスチャン・コッホ、マルティナ・ゲデック、ウルリッヒ・トゥクール
上映時間:2時間18分(2006年/ドイツ)
あまり派手に宣伝等していない映画だったと思います。でも、観ようと思った。
キッカケは、ある日雑誌の整理をして次から次へとタウン誌やファッション誌・ミニコミ誌を読み飛ばしつつ切り抜き作業をしていたのです。
気付けばそれぞれの雑誌の映画情報ページで、やたらとこの『善き人のためのソナタ』を勧めているのです。
立て続けに、3・4誌見かけたかなぁ?
もしかして映画担当記者が、ある一定期間に観た中で、一番勧めたくなった映画なのかなぁ?と思い、興味を持って観に行きました。
劇場予告もチラとは見てたんですが、その時は「時間があったら観に行く…か?」程度のビミョーさだったのですけどね。
この映画を観て、最後まで観て、納得しました。
物を書くことを職業にしている人にとっては、何か特別な思い入れを持ってしまう映画なんでしょうね。
あまり日本人には感慨の湧かない“東ドイツ”がストーリーの舞台となっています。
私は『シュタージ』という言葉を聞いたのも初めてでしたよ。
こんな凄い監視システムを国家が張り巡らせていたなんて、しかも権力者がそれを当然のように私利私欲に使っていたなんて、驚愕でした。
家中の壁・ドアフォン・出入り口に盗聴を仕掛けて、24時間態勢で監視。信じられないですね。
でも、やってたんだ………。
この映画の主人公は、そのシュタージの局員・ヴィースラー。言ってみれば、監視・尋問のプロ。
国家第一で任務を遂行するような、そんなキャラクターでした。最初はね。
画面に登場した最初のあたりでは、目の色・物腰・話し方がとっても冷たい。
ミヒャエル・エンデの『モモ』に出て来る「時間貯蓄銀行」の“灰色の男”って、こんな感じかもなぁ、なんて思ったりしました。
そのヴィースラーが監視を命じられたのが、人気劇作家ドライマンとその恋人の舞台女優クリスタ、彼らの住まいを盗聴することです。
日々頭にヘッドフォンをセットし、出入り口に取り付けたのモニターを眺める仕事。
人のプライバシーを覗くのに、国家に危機を与える存在を捕捉する為という大義名分を振りかざしている。
いえ、そもそもこの東ドイツには、「プライバシー」っいう概念が存在しなかったかもね。
盗聴のヘッドフォンから息遣いまで鮮明に聞こえる中、二人の愛のある生活に触れることで、いつしかヴィースラーの心に変化が起きる。
その変化が、目や話す声のトーンに微妙に醸し出されている。役者さんの演技力もすごいよね。
「この曲を真剣に聴いた者は、悪人になれない」
この言葉が日々音楽に心揺さぶられることの多い私には、啓示のようでした。
例えば、「この曲を解かっている人とは友達になれる」とかあるもんね。
あぁ、でもこの映画、中盤からラストのキワキワまで、登場人物全てがとても孤独で、例え恋人同士のドライマンとクリスタであってもやっぱり何処か孤独であることが、痛い。
幸せそうに見える二人にも深い“寂しさ”がありました。
ただヴィースラー自身が変わっていく事で、彼のあまりにも色彩のない人生は変わっていくようでした。
大好きなシーンは、クリスタとバーで話す所とその翌日の所もいいのですが、もちろんラストシーンです。
『ニュー・シネマ・パラダイス』を初めて観た時、かなりダラ泣きで電車乗れないから歩いて帰ったのですが、今回も大変でしたワ。
家の近所の映画館で観たんだけど、バス乗って家に着くまで、このラストシーン辺りを思い出すと泣きそうになる。
監督の実体験と歴史背景をかなり上手に取り入れているので考えさせられつつも、ついに出会うことのなかったヴィースラーとドライマンの心の絆に心動かされました。
上映期間終了間際に寝不足を押して観に行ったのだけど、土曜日の夕方なんかに一緒に遠慮なく泣ける男友達なんかとゆっくり観に行きたい映画ですね。




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